琉球語の美しさ
クメー〈吝嗇(りんしょく)〉
クメーという語は方言なのか、子供の間にはやっていたことばである。一人のいやな友達がいると、皆が彼と絶交する。学校への行きかえりも彼といっさい歩かない。もし彼と歩いたら、たちまちまた自分がクメーにされる。友人の中に悪太郎がいて、彼が権限を握っていて、クメーの指令を出す。子供にとってこれほど苛酷な罰はなかった。私はクラスではよく出来た。先生からかわいがられていた。家も比較的裕福であった。他人から恨まれるようなこともしたおぼえがなかった。ところがどういうわけか、クメーにされた。学校の行きかえりもたった一人であった。友達に追いついてやっと二人づれになって歩いていると、どこからか鋭い眼がその友達にそそがれて、彼は急いで私のそばを離れて行った。また一人でしょんぼり歩く、この孤独感にたえかねた。先生にも親にもうちあけることが出来ずにもんもんとすごしていた。六年生のときだったので、一人で考えこみ、隣校の今帰仁小学校に転校したいと心ひそかに考えていた。幸いその年に、県立第一中学校の試験にうかって、六年から首里の中学に入学した。その時の首謀者となっていた悪太郎はよくわかっていた。いまなお、クメーということばとあのつらさが忘れずにいる。子供は自由にいろいろのことばを考え出していたから、クメーも、子供らがつくったことばであったかもしれない。どういう語がもとになっているか、今もってよくわからない。