琉球語の美しさ

ヒちーきン〈なぐる〉

躾ける意はなく、なぐる、いじめる意しかない。大人が大人をなぐる、いじめる意にはあまりつかわれず、子供ら同士の間で、いじめ、なぐる意につかわれる。それからすると、躾ける意味がかすかながら残存しているのかもしれないようにも思われるが、よい方に躾ける意は全くない。
宮古の漲水港から、伊良部島への連絡船の上で、若い母親が、三つぐらいの幼児をたたいていたのを見た。泣き出した幼児は、母親の鋭い眼をみつめながら急に声をひそめて涙を流していた。そこには母親らしいやさしさは全くなく、きびしい「しつけ」だけがあった。ヒちーきンということばがそのままこの母親にいきているようで、心さむかった。その母親から、強いベールということばも聞いた。耳にはペールと聞こえた。宮古方言のbは半有声音でpに近い〔b̥〕と表記すべきであろう。ベールはひどく嫌い拒否するときにつかう「いや!」である。
海にかこまれた島の生活はきびしさを持っているのではなかろうか。声をひそめて涙をうかべ母親の顔をじっとみていた幼児の鋭い眼を私はしばらくみつめていた。空はあかるく海はあおくすんでいたのに。
▶原稿に(一九八一・一〇・二一)の記述あり

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