琉球語の美しさ

キブシ<煙>

小学校の教科書に、仁徳天皇の仁政をたたえる話がのっていた。「天皇が高い丘に登り、国見をされると、民家からは全く煙が上がらない。きっと貧しくて、炊くものもないので、煙もあがらないのであろうとお考えになって、税金を収めることを赦してやった。しばらくしてまた丘に登って国見をなさると、今度は、民家からさかんに煙が立ちのぼった。」
八重山の南のはてにある、波照間島に行って、方言の調査をしたとき、島では世帯、一軒一軒のことをキブシ(キブリだったか記憶があいまい)というのを聞いて、仁徳天皇の話を思い出して興味深かった。その後、宮城信勇氏からも、広く八重山でキブリはそういう意味で用いて、煙はキフということを聞いた。
『琉球国由来記』にもあり、『奄美方言分類辞典』にも、大和浜でキブシが、世帯・軒の意味で用いられていると記している。糸満でも、各戸割に門中の費用を徴集するとき、「ギブイ」ごとに徴集すると今朝の『沖縄タイムス』にあった。「ギブイ」が果して「キブイ」なのか、「キブシ」ではないかともうたがわれる。それからすると、琉球方言圏では、広くキブリ(キブシ)が、戸・軒・世帯の意味に用いられたであろうと推測される。煙が消えるようにあちらこちらでは消えて、各地にはまだ残存していて、興味ひかれる語である。
恩納村、金武村で、キボシというところがある。この地方ではo母音が多く残っている。「ツ」に対応する音が[tu]であったり、[tsu]であったり、「ヅ」に対応するのが[du]であったり[zu]であったりするところもあって、uはまだï、iに変化せず、もとの音を保っているところからすると、uにはばまれてoは依然としてoであるのではなかろうか。それにしても、キボシとなって、uがoになっているのは、もっとほかの理由がなければならない。いかなる理由かよくわからない。

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