琉球語の美しさ
ミンちリ<目切れ>
眼は心の窓とやら、眼ほど人間の表情をあらわすものはない。昔沖縄の名優がにらみをすごくするために、朝夕、針の先を眼の前にしてその表情を研究したという。眼をめぐる方言を調査すると、その社会が眼をどのようにとらえたかということがわかる。
ミー トゥヂャーナン<眼光が鋭くなる>、ミーヒちーちャ<まばたきをすること>
まばたきはあれほど魅力のあることばであるのにミー ヒちュンは何という無風流な動作であろう。しわくちゃのおばあさんがかすんだ眼をしばたたいているのしかうかばない。
ミースブ<まぶたのふくらんでいること>、ミーワレー<目笑い>、ミーくブー<目窪、目がひっこんでいること>、ミースースー<目を細めること>、ミーガー フくリン<疲れがとれて目が生気づく>、ミミグスイ<聞いてためになること>に対するミーグスイの用法はない。
この頃ではあまりかけ眼を見ない。まぶたに少しのきずでも出来ると、女性にとっては生涯のきずとなる。昔はこの眼瞼に出来る腫物がよくはやり、女性をおびやかした。このはれものは女性の運命を左右したと言えないことはない。我々の子供の頃はミンちリー<目ぶたなどに傷跡のある者>というあだなのついた者は男にも女にも非常に多かった。これが一つのことばとして用いられるほど、多くの人々にそのきずあとを残した。しかし現在の子供らにかけ眼はもうなくなっている。おそらく標準語としてこの名称も子供らは知らないであろうし、又その語を記憶することも全く必要がなくなった。老人の瞼にこんせきを残し、彼等の幼い頃のいやな思い出のかたみになっている。このことを思うだけでも仕合せである。女性の中にはこのかすかなきずを生涯恨んだものがあるかもしれない。「戦果」ということばが戦後あれほどはやったのにすっかり消えてしまったと同様に、ミンちリーももう新しい時代の人々からはすっかり忘れられ、再びあらわれることもなくなった。新しくはいって来た化粧をしているその鏡にはもうミンちリーなどはうつらなくなったので、女性の脅威が一つ去ったわけである。