琉球語の美しさ
ハーブイ<味噌のかび>
昔はどの家でも味噌は自分の家でつくった。どこの家の味噌はおいしいなどとよく聞かされたことがある。味噌をつくる時は、大鍋に豆をいっぱい煮るので、子供の時分、豆が思う存分食べられ、ずいぶんよろこんだものだ。離れ部屋にニけーブフ<藁むしろ>を敷きその上に豆をひろげて、藁で蔽うてあったが、まだぬくもりをもっている間に友達をさそってよく盗み食いをしたものである。ところがしばらくすると、もうその黒ずんだ豆には、こまかい綿のような白い薄いものがかぶさっていて、臭気さえただよった。これがこうじであるなどとはまだ子供の私はわからなかった。
私の祖母は病弱であったが、ヤぱーラガンヂュー<弱々しそうにみえて丈夫な者>で七十一才まで生きのびた。神経質でとがった細い眼をしょぼしょぼとまばたき、しわくちゃな顔の中で、その眼だけは異様にするどくかがやいていた。六十をすぎてからよく眼にハーブイ くールンと言われた。眼がかすむというのである。薄いかびにはもう我々の方言ではハーブイとは言っていない。首里では、あべこべに眼がかすむことをカーブイ クーユンとは言わないで、かえって味噌にかびのはえることをカーブイ クーユンと言っている。この二つのことばは同じで、たくみな具体的表現である。眼の前に白いうすい繊毛でもおいかぶさった感じだ。眼から火が出るというのをミーヂェンヂェン くミン(ヂェンヂェンは蛍の意)といい、何れもいい表現ではあるまいか。