琉球語の美しさ

めーシ〈箸〉

はし〈箸〉ということばは、今帰仁方言では、七月のお盆のとき、仏を迎えるために、よもぎに似た草の茎でつくった箸、ソーローバシ〈精霊箸〉という複合語に残っているにすぎない。一般にめーシといっている。今では、蠅のたかっている食いちらかされた魚の骨の上にある不潔な箸もめーシであり、めーシに、尊敬の接頭辞おみ〈思い〉のことばがついているなどとは、ほとんど気がついていないであろう。
沖縄にも、もともとは、日本本土と同じように、ハシがあったのである。『琉球館譯語』に、筋(箸)扒(ハ)只(シ)とある。
お箸は、食物を神仏や長上にさしあげるに、もっとも重要なものである。また、食物をおしいただいて食べる習慣は、南島人の間にもあった。南島は台風が襲来し食物にはかなり不自由していた。凶作になると、餓死する者も多かった。貧しい島の生活と、ハシはきわめて密接に結びついている。今でも、老人たちは、お茶いっぱい飲むにもかならずトーとゥガナーシ〈尊がなし〉といって、おしいただいて飲む。その動作は、きわめて自然で、感情がこもり、困苦にたえて来た長い歴史に根ざしているように感じられる。この本能的とも感じられる老人たちの動作をみつめていると、貧しい島の生活が胸にせまる。この生活感情は、ハシにも結びついているにちがいない。穀物は神からさずかるものと深く信じこんでいた。神への感謝の気持ちは、体中から指先にまでほとばしっていたようにさえ感じられる。学校での教育にはよらない、生活を通してつたわった動作だけに、ふかぶかとした感情を蔵している。
めーシはウミハシ〈お思い箸〉である。それは、百姓のことばではなかったにちがいない。そんな尊敬の接頭辞をつける造語は、地方には発声しえない。それは中央のことばであったにちがいない。首里親国から次第に地方につたわって行ったことばであろう。中央の権力が強くなり、宗教的な支配も強まり、階級制度が確立されら時代に出来たことばにちがいない。ひょっとすると、神女たちが、神様にものを捧げるときに使いはじめたことばかもしれない。ウミナイビ〈王女様〉につくような、接頭辞が、ハシにつているのである。神をまつったときにはじめてつかわれたのではなかろうか。
台所に蠅のぶんぶんたかっている不潔なめーシを見ていると、まるでおちぶれた神を見ているような気がする。きこえ大君が天下の政治までも支配して、島々部落部落にいた神人たちが、威勢をはっていた歴史もこのめーシの一語の中に象徴されているような気がする。

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